2020年4月24日掲載

清矢 良浩 教授・山本 和弘 准教授を含むT2K collaborationの論文(NITEP preprint #36)が, 2020年4月15日付けのNature誌に掲載されました。

ニュートリノの「CP位相角」を大きく制限

‐粒子と反粒子の振る舞いの違いの検証に大きく前進する成果をネイチャー誌で発表‐

本研究成果のポイント

    ニュートリノ振動現象において粒子と反粒子の対称性の破れの大きさを決める量であるCP位相角に大幅な制限を与えることに世界で初めて成功

    ニュートリノに,粒子と反粒子の性質の違いがあるかどうかの問題に大きく迫るせいかであり,今後の測定精度を高めた検証が期待される.

 

【概 要】

T2K実験国際共同研究グループは,ニュートリノが空間を伝わるうちに別の種類のニュートリノ振動という現象において「粒子と反粒子の振る舞いの違い」の大きさを決める量に,世界で初めて制限を与えることに成功しました.CP位相角と呼ばれるこの量は,ニュートリノの基本的性質を示す量の一つであり,理論的には180度から180度の値を取り得ますが,これまで全く値が分かっていませんでした.今回の結果では,CP位相角の取り得る値の範囲の半分近くを99.7%3σ)の信頼度で排除することに成功しました(図1).ニュートリノについての未解明の問題の1つである,粒子と反粒子が異なる振る舞いをするかどうかという問題に大きく迫る結果です.本成果は416日,総合学術雑誌「ネイチャー」に掲載されました.

1:今回の観測結果と最も良く合うCP位相角の値(矢印)と99.7%信頼度で値をとることが許された範囲.理論的に取り得る値の範囲の半分近くを排除しました.

 

【背 景】

物質を構成する素粒子には,電荷の正負が反対であるほかは全く同じ性質を持つ反粒子が存在します.宇宙の始まりであるビッグバンでは,粒子と反粒子が同じ数だけ生成されたはずですが,我々の身の回りには粒子で構成された物質しか見当たりません.このように,現在の宇宙において物質と反物質の対称性は大きく破れています.宇宙に反物質が存在しないようになるためには,CP対称性と呼ばれる電荷と空間に関わる基本的な対称性が破れている必要があります.CP対称性が成り立っていると,鏡の向こう側とこちら側の世界のように粒子と反粒子は同じように振る舞います.これまで,CP対称性の破れは陽子や中性子の構成要素であるクォークと呼ばれる素粒子で見つかっていましたが,その破れの大きさは現在の宇宙の物質の量を説明するには不十分です.そこで,電子の仲間であるニュートリノのCP対称性が大きく破れていることで宇宙の成り立ちの起源を説明できるという有力な仮説が提案され,ニュートリノのCP対称性の破れの測定が注目されています.T2K実験はニュートリノと反ニュートリノのニュートリノ振動現象を測定して,それらを比較することで,クォークで見つかったものとは別のCP対称性の破れを探索しています.

 T2K実験は2009年度に実験を開始し,2013年にはミュー型ニュートリノがニュートリノ振動によって電子型ニュートリノに変化する「電子型ニュートリノ出現事象」の存在を世界で初めて発見しました.2014年からは反ミュー型ニュートリノの測定を開始し,CP対称性の破れの検証を開始しました.2016年夏には,90%の信頼度でCP対称性でCP対称性が破れている可能性を示しました.2018年夏には,その可能性を95%2σ)の信頼度に高めた結果をKEKで行ったセミナーで公表しました.T2K実験では,CP対称性の破れの探索とともに,CP位相角と呼ばれる量の測定を行っています.CP位相角は,ニュートリノの基本的な性質の一つで,ニュートリノが粒子と反粒子とで異なる振る舞いをするかどうかもこの値に拠りますが,これまでその値は全く分かっていませんでした.今回,T2K実験では2018年までに取得した実験データを用いて解析を進め,CP位相角を大きく制限する結果を総合学術雑誌「ネイチャー」で公表しました.

 

【研究内容と成果】

 T2K実験では,茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設J-PARCで大量のミュー型ニュートリノまたは反ミュー型ニュートリノを生成し,295 km離れた岐阜県飛騨市神岡にあるスーパーカミオカンデ検出器で測定しています.ニュートリノの一部は,295 kmを飛行する間にニュートリノ振動現象によりミュー型から電子型に変化します.

 ニュートリノ振動現象においてCP対称性が破れていると,ミュー型から電子型への変化確率に,ニュートリノと反ニュートリノで違いが生じます.破れの大きさを決める量はCP位相角と呼ばれ,180度から180度の値を取り得ます.0度と180度であった場合はCP対称性が保存していることに,それ以外の角度であった場合にはCP対称性が破れていることになります.CP位相角が90度の場合には,電子型ニュートリノへの変化確率が最大に,反電子型ニュートリノへの変化確率が最小になります.90度ではその逆です.

 2018年までにT2K実験が取得したデータから,電子型のニュートリノが90個,反ニュートリノが15個観測されました.図2はスーパーカミオカンデで検出された電子型ニュートリノと反ニュートリノの例です.実際の測定では,測定器が物質でできていることなどから,ニュートリノの方が反ニュートリノよりも観測されやすいため,観測数から振動の確率を注意深く決める必要があります.観測された結果は,CP位相角が90度である場合に予想される観測数(ニュートリノで82個,反ニュートリノで17個)に近く,CP位相角が90度の場合の予想観測数(ニュートリノで56個,反ニュートリノで22個)とは大きく異なりました(図3).今回,CP位相角の値を推定するために必要な統計的手法を更新し,CP位相角の値として,2度から165度の領域が99.7%の信頼度で排除されることがわかりました.

光, 交通, 明かり, 座る が含まれている画像

自動的に生成された説明

2:スーパーカミオカンデで検出された電子型のニュートリノ(左)を反ニュートリノ(右)の例.ニュートリノが水と反応してできた電子,または陽電子によるリング状の微弱光を,タンク内壁に設置された約11000本の光電子増倍管で観測しています.色のついた点は,その光電子増倍管で光を検出した時間を表しています.

3:今回得られたニュートリノのエネルギー分布.ニュートリノビームを用いて電子型ニュートリノを測定した場合(左)の予想観測数は,CP位相角が90度(赤破線)の方が90度(青破線)に比べて多くなります.反ニュートリノビームを用いて反電子ニュートリノを測定した場合(右)は,その逆です.CP対称性が保存する0度の場合の予想観測数は灰実線の分布になります.観測数の分布(黒点)は90度での予想観測数の分布により近いことが分かります.下の表は,観測数とCP位相角が90度または90度で予想される観測数をまとめたものです.

 

【本研究の意義,今後への期待】

 CP位相角は,小林‐益川によってクォークにおけるCP対称性の破れを説明するために導入されたものです.素粒子の基本的な性質ですが,電子やニュートリノの仲間であるレプトンについては,その値は全く未知でした.本研究により,世界で初めてニュートリノのCP位相角に強い制限がつけられました.また,得られた結果はCP対称性の破れを95%の信頼度で示唆しています.さらに測定を続けることでCP位相角の取り得る範囲から0度と180度を99.7%の信頼度で排除できると,CP対称性の破れを99.7%の信頼度で示すことができます.今回の成果は,その目標にたどり着くための重要なステップとなりました.ニュートリノの未解明の性質のうちの一つであるCP位相角,そしてCP対称性が破れているか否かが明らかになりつつあると言えます.

 T2K実験グループは,前置検出器を改良して測定精度を高めるとともに,さらにデータを蓄積することで,CP対称性の破れの検証を進めていきます.J-PARCでは,より大強度のニュートリノを生成するために,加速器およびニュートリノ実験施設の性能向上に着手しています.さらに次世代の実験として,スーパーカミオカンデの約10倍の有効体積を持つハイパーカミオカンデ実験が計画されています.ハイパーカミオカンデ実験では,増強されたJ-PARCニュートリノビームを測定することにより,CP対称性の破れの決定的証拠を捉えるとともにCP位相角の精密な測定が可能となります.これらの研究によって,素粒子の性質や,宇宙から反物質が消えた謎の理解が進むことが期待されます.

・発表論文のDOI

https://doi.org/10.1038/s41586-020-2177-0

・大阪公立大学によるニュースリリースはこちら

https://www.osaka-cu.ac.jp/ja/news/2020/200424